王子様の静かな反乱

 大学生になってからの半年近く、生徒は必要な教材をレッスンに持って来ない。やたらページ数の多い曲の練習をしに来る。
 先生は譜めくりに追われる。
 生徒の家が近ければ、教材取りに帰らせた。
 それ位するんだった。



 教室には受付のコーナーがない。
 ずっと以前に閉鎖されて、だから楽譜も電車に乗って買いに行く。
 コピー機もないから生徒が持って来なかったら、つい「じゃあ来週ね。」と先送りになる。上級グレードには準備に楽譜のコピーが原寸、縮小と多数必要なんだけど。

 駐車場も無い。
 母親が車を止めて待っる場所は、教室からは3分位のところ。
 顔を合わせるとしても、レッスン終了して全部片付けて、帰り道で私そこ通るから会釈だけして、お互いやり過ごす。
 生徒のことでちょっとこれはと困ることがあっても、いちいち言わなかった。小学生じゃないしね、生徒も。
 たまには車に近づいて、母親も私に気づいて降りてきて言葉を交わすこともあった。表面上は順調な日々。




 技術は有る生徒。
 このまま進めば目標のグレード合格へ、到達すると思ってた。
 母親も疑わずにそう信じてやってきたはず。





 帰り道、生徒がレッスンを終えてどこかに寄り道してたら、車はまだ発車せず私は母親と会釈を交わす。
 高校生の時はハンドルに両腕を置いて、フロントガラス越しに外をキョロキョロ眺めてた。
 生徒が20歳を過ぎる頃から、たぶんそのあたりから、母親は通り過ぎる私に気づかなくなった。シートにもたれて目を閉じてる。
 ぐったりしてるとまでは言わないけど、疲れてる様子なのはわかった。

 疲労が溜まるのは当たり前。もう6年近く子供たちの送り迎えして。
 冬もエンジンを止めて待ってる。
 いったい何でこんな不自然で非合理的な状況になるのか。






 聞きたいけど聞けなかった。 
 私も生徒と同じ。
 波風立てないように 避けて通ってた。 




 「大学名を言えない子」
 「習いたいのはピアノ」参照



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