平気で嘘をつく子供 Ⅰ

 秋、生徒は初めて上級グレード試験を受けた。結果を待ってる間の毎日は気が気でなかった。個人レッスンだけの単独の試験挑戦は、これが初めて。
 期待と不安が入り混じった待ち時間。
 自分の指導能力も試される。そんなワクワクする瞬間の連続だった。
 

 上級のグレードテストは、都市部でほぼ毎月行われている。
 各楽器店を通さないから、申し込み手続きは生徒個人の作業。
 生徒が動いて報告を受け、次の手順へアドバイスして進んでいく。
 だから先生はノータッチ。
 それは有り難い。お金を立て替えなくて済むからね。
 反面、その都度生徒からの情報無しには 物事は進まない。

 合否の通知も生徒の家へ直接届くんだよね。
 
 テスト当日の雰囲気も様子も、君からは何も伝わってこないので、どうしようもなく私は生徒の自宅に電話した。
 不合格だった場合、項目別の採点結果によって次にどうするかを判断していく。
 それが無いと、手も足も出ない。
 保管して教室まで持ってきてもらわないと…。
 とにかく説明し、母親に頼んでおいた。




 当日、試験会場に数分遅れて失格になってた事を、私が知ったのはそれから10日もたってのこと。
 「嘘ついてました。」生徒はそう言った。

 いつものレッスンの曜日 生徒が教室に入ってすぐ、 
 気になるテスト合否連絡の話題を出すと、 
 さらっと返事が返ってきた。
 母親に打ち明けたのは前の週のレッスンが終わった後だと言う。
 教室を出て母親の待つ車に乗り込んで、これ以上隠していられない、
 そう思って告げたらしい。

 遅刻したのは仕方がない。
 遅れそうだと思ったら試験会場に電話すればいい。
 または私の所へか、母親にでも電話してみたら何とかなった。
 この時もう20歳になってたんだよね。
 だからそれくらいの知恵はある。 

 ただ差し迫った状態ではなかったんだよ。この生徒にとって。

 元々必要としていないもの、気の引けるもの、
 気が進まないものだったので対処することなくやり過ごしてしまった。
 

 そういうことだった。

                    2006年の出来事

ノンフィクション
『エリート志向の闇~平気で嘘をつく子供』

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