人の気持ちより現金が大切な女

 生徒が教室に財布を置き忘れる出来事があったのは、これをさかのぼる2年前。生徒が高校3年生の時だった。
 レッスンが終わって帰宅し玄関の扉を開けた時、ベルが鳴っていた。
 電話の側まで行って受話器を取るのは間に合わなかった。
 着信データを見ると、未登録の携帯電話からだった。
 知り合いのはほとんど登録済みだったので、気にせずそのままにしておくと、十数分後に再び着信が鳴った。

 生徒の母親からの連絡だった。

 教室と私の家は徒歩10分ほどの距離。
 仕方ないから「明日の朝見に行きますから。」ということで電話を切った。
 
 クレームの電話も速くかかってくるけど、この時が一番速かったね。
 超速攻。 
 人を使いに走らせる時は、何の遠慮も無く、ためらいも無く、
 しっかりコンタクトを取ってくる。
 一度掛けて不在でも、あきらめずに再度掛けなおす。
 あの未登録の着信は帰宅途中にかけてきたものだった。

 母親にとっても生徒にとっても緊急の用事ってこと。
 それは良く伝わってきた。
 それはもちろんそう。財布は大切だから。



 大切だから電話した。連絡を入れた。

 自分たちにとって大切なことだけ連絡を入れる。

 相手は情報が必要な立場でも、自分が億劫に感じたら連絡しない。


 サイフは現物だから、急がないと紛失してしまう。
 急いだら発見できる。サイフを取り戻せる。

 でもテストが失格になったことは、どうにもできないアクシデント。

 納めた受験料は返ってこないし、知らせるのを急いでも意味が無い。
 この母親にとって一番大切なのは、そういう現物。
 他人の気持ちは優先順位の一番最後。
 これがこの母親の教育方針。
 小さい時から子供に繰り返し刷り込んできた。


 そして見事にそういう男の子に仕上がった。
  


                          (2004年の秋)



ノンフィクション
『エリート志向の闇~平気で嘘をつく子供』

 タイトル一覧
 あらすじ

 「高所得で貧しい家庭」 
 「豊かさに囲まれた貧困」  
 「貧困から生まれる悪意」 
 「育ちの良さと卑しさと」


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