強欲の果て

 贈り物をすると相手は喜ぶ。相手に「喜ぶ」という感情を与える。
 贈り物も何もしないと、相手には「喜ぶ」という感情は与えられない。
 物を送って相手の気持ちに何らかの変化を呼び起こす。
 単にお金を払って物を移動させるのではなくて、感情を与えられたり与えたりする行為。





 母親はグループレッスン終了後、周囲と足並みを揃える必要がなくなったので、個人レッスンの先生には物を贈らない、御礼をしない事に決めた。
 この先3人の子供に教育費もかかる。
 3人それぞれ別々の音楽教室の先生に季節ごとの挨拶なんてしていたら、出費が嵩んで仕方ない。だから何があっても、一切の物もお金も先生には渡さないという習慣を、軌道に乗せた。
 そして子供はそれが当たり前の文化的な暮らしだと認識していった。
 他人には何も与えない生き方。
 それ自体は何の問題もなく、共感する人も結構いるだろう考え。



 ところが自分達に何か落ち度があっても、やはり何もせずに済ませる事にした。
 まるで一度でも例外を作ると収拾が付かなくなるから、どんなことをしてでも一切のプレゼントの類はしないという強固な意思が有るかのごとく。
 そしてそれも子供は当たり前の、習慣の一つとして自分の中に取り込んだ。


 他人には何も与えない生き方。


 物を贈る、それは「喜ぶ」を与えるだけでなく、同時に不快な感情を解消する効果もある。
 けれど習慣が無いために、子供は相手の中に怒りや不快感が残ったままだという事すら、気づかないし頓着しないようになった。
 口先だけの謝罪の言葉で全てを通す。そう母親が手本で示すことを子供は受け入れ消化してきた。
 他人に何も与えない生き方。
 それが一番自分達が損をしない生き方。
 






 生活の中に染み付いた生き様。
 それが演奏に表れる。

 何も与えない。
 感情を与えない。
 喜びを与えない。
 感動を与えない。

 自分だけが楽しかったらいい。そういう生き方が表れる。
 何も犠牲にせず、自分達が取り込む生き方。
 相手を遮断して成果だけ得ようとする生き方。
 母親が暮らしの中で刷り込んで、日々行き渡らせた生き様。


 出費を押さえたのと引き換えに、子供は感受性を鈍らせた。
 芸術に関わって、一番大切なものを鈍らせた。
 情緒は欠け、感性は鈍り、人の気持ちに無頓着になり、広く感動を与える事が必要な音楽性からは、程遠い場所に行ってしまった。
                


 「粉砕された12年 前編」
 「粉砕された12年 後編」

 「空白と混乱」 
 「お高くとまった二人」

 「欠けていく情緒」
 「切り捨てられた情感」参照


ノンフィクション
『エリート志向の闇~平気で嘘をつく子供』

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