計算された幼さ 他(改編)        

心理戦が謎を生む    
 中学2年生の3月に引越しをした一家。
 その時レッスンを辞めるつもりでチャンスを掴みかけた坊やを、母親は引き戻した。そこから送迎を続けるようになった。

 たぶん親子間で心理的な駆け引きがいっぱいあったんだろうね。

 母親に愛されて必要とされてる息子。
 意向に従って過ごした方が、より大切にされる。
 親は親でここで辞めてしまったら、今までの苦労が水の泡。威嚇もし、ご機嫌も伺い、自分の望む方向へ持っていくのに全神経を注いだ。
 親子間の心理戦だね。他人には計り知れない。




計算された幼さ
 高校生の時、楽譜を買わなかったり、発表会費を持って来なかったり、楽譜購入を母親に告げてなかったり、そういうひとつひとつ、やろうと思えばできた事なんだよね。

 できるけど、わざとしなかったんだよ。
 わざと何もせず、相手が動くのをただ見ているだけ。
 こっちが走り回ってるのを承知で、いつも知らない振りをしていた。

 家の中で、実際より幼い自分を演出してたんだね。
 演技とまでは言わないけど、役割を演じるというか、そういう子供でいた方が、母親を上手くかわせる。
 20歳過ぎの息子を、「あの子は一番子供っぽくて…」と言ってたっけ。
 この母親の立場からするとたまらなく可愛いと思えるほどの息子を、こいつが演じてきたって事だよね。

 高校生の時も、車の側で母親は「子供で…」とこぼしていた。

冷笑する子
 この人が大切にしてるのはサークル活動。
 そこでの音楽との関わり、人との関わりが一番の興味の対象。

 この年齢の男の子にとってそれがどれだけ大切なことかはよく分かる。
 自分の目指すもの、やりたい事ははっきりしてたんだよ。

 本当にやる気が有るなら教室は通える近場に移って、そこで楽譜も買ってエネルギーを燃焼させてたよね。
 
 
 小さな頃と違って渋々レッスンに通っている、そんな素振りを出さない。
 母親を欺くのと同時に、その延長線上に居る先生も欺く以外にはないよね。
 それがこの人の方法、生き方。
 自分が大切にしているものを手離したり妨げられるのは絶対嫌だった。



 自分がどんな態度をとれば母親が満足するのか、この人は良く心得ている。
 意に沿って逆らわずに居れば家の中は平穏。

 子供が見えてない母親と、連絡事項や情報の遮断で立ち往生する先生。
 君はどういう気持ちでこの二人を眺めてたんだろうね。




不可解な言葉
 「言えない子なんですよ。」そう言ったんだよねこの人。
 
 なぜもっと早く話さなかったのか、驚いて問いただす私に「言えない子なんですよ。」と返してきた。
 自分の事を「子。」と表現するのも妙な感じがした。
 もうずいぶん前から大人びた言葉遣いで、格好つけてる20歳過ぎの青年が自分の事を「子。」というのはそぐわない。
 「嘘ついてました。」と全く同じ口調だった。さらっと平然と、さほど表情も変えず。「言えない子なんですよ。」ってね。
 これって言い出せなくて悩んでた人の言葉かな?
 
 「言えない。」なら普通一ヶ月の間悩むでしょ?
 でも悩んでないから「言えない子。」という表現になったんだよね。
 「言えない。」行為と自分をドッキングさせただけの何の感情も入ってない言葉。

 冷めてるんだよ。損得の計算していつ言えばいいか見計らってたんだよね。
 いつしゃべったら、自分にとって有利か不利か、損か得かそれだけなんだよ。
 母親に話せなかった。でも正確には話そうと思えばいつでも話せるけど、わざと話さなかった。


日常化した嘘    
 この人は「言えない子。」ではなく、「わざと言わない大人。」になっていた。
 高校生からそういう変貌を見せ初めて、大学入学を機に更に状況は悪化していったんだろうね。

 報告する必要がある大切な連絡事項も、自分の不利益になれば隠す。
 そのために嘘をつき、目先の利益や打算を優先させるようになった。
 子供の頃と違うのは、後ろめたさがなくなった事。
 バレても気まずくないし、平常心で居られる。
 既に感覚は麻痺してて、嘘をつくのが常態化してるんだよ。

 たかだか音楽教室での出来事だなんて思うのは大きな間違いだよ。
 この人の今後の行動パターンの縮図、型みたいなものだから。
 社会との関わりの基礎だよ。
 母親との信頼関係を築けなかった子供の悲劇だよ。
 人との関わりで一番必要な、その基盤がない。

 母親の狭い心。その空間の中で息を詰まらせるように大きくなって出来上がった世界観がどんなものか、想像してみてよ。
 


高慢な親を欺く  
 親子間の嘘は、社会に拡がっていく。それをこの親子は分かっていない。
 まるで音楽教室の先生は社会の一員じゃないみたいだよ。
 私はこの親子に対して社会の一部だからね。

 それを知っていないと社会性は成り立たない。相手の気持ちが分からない。相手が何を怒って、何に傷ついてるのかも見えない。

 他人が見えてないからこの母親は、自分の息子が実際よりはやや幼い演出をしてる事に気付かない。そういう幼い子供っぽさを見せたほうが有利だから息子はそうしてるんだよ。母親に余計な攻撃をされないからね。

 手のかからない子に親は逆に寂しさを感じる。
 そういう母親の気持ちを見透かしてるんだよ。
 いかに利用して家庭の中で快適な居場所を確保できるか。
 そして大切な大学でのサークル活動を妨げられないでいられるか。

 「子供っぽい。」とか「子供で…」みたいに母親に思わせて。
 母親の機嫌を損ねないこと。息子はいつもそれだけを考えてた。


 実は肩書きやブランドにこだわる母親のほうが単純で、息子はもっと複雑な内面を抱えてるんじゃないかな。

 そうでなければああまでピアノの鍵盤に入り込んでいけないよ。
 あの音はイヤホンからとったコピーの音色。
 生身の人間の指導を受けて培ったものじゃない。
 基礎を何段か置きに飛ばして、最上ランクの曲を弾いてる。
 一流大学、一流企業、ハイレベルなコースにグレード…まるで母親の目指すものと対抗するかのごとく。 




情けない奴 ~真相~       
  母親の意向で気が進まないけどグレード取得を目指している。
 小さい頃からの延長線上で、20歳になてもそうだと解釈してた。
 でも微妙に変化してたんだよね。
 新しい別の動機付けが加わるようになってたんだよ。

 ピアノを欲しがってたよね。まずその欲しいものを手に入れるには、レッスンを続けるほうが得策だと君は考えたんだよ。
 それからサークル活動。
 これに反対されたり妨害が入るのを避けたい、守りたいという気持ちが働いたんだよね。
 単に渋々習いに来てた小、中学生の頃と違って、自分の中にポジティブな何かがあって、それを守るために習い続ける事にしたんだよ。
 いつからというのはハッキリ線引きできないけど、高校三年のあたりから大学入学後、徐々に。

 そして三人での話し合いが持たれてからは特にそうだね。

 サークル活動は趣味でしかない。
 あの母親のことだから、グレード取得に向けてのレッスンを辞めてしまうんだったら、活動も認めないとか、攻撃や底意地の悪い嫌がらせめいた事を言ったりしたりするんじゃないかな。
 私の勝手な推測だけど、それくらいはあり得るでしょ。
 充分有りだと思うよ。
 電子ピアノを買ってもらう経緯にしたって、買ってやるからグレードを必ず取得するように、そんな条件めいたものもほのめかしてたかもしれない。
 とにかくタダで高額商品なんか購入する母親じゃないから。
 見返りを要求せずに何かをしてやるって、まず考えられない事だからね。

 君はもう引くに引けないところまで来てたのかもしれないね。
 その場その場で母親のボディブローに調子を合わせて来た為に、気付いたらもう撤回は不可能なほど深みにはまってたんだよ。










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