間違いだらけの治療~断ち切られた何か

 前の歯で物を噛み切る。
 上下で挟んで切るから、きれいに食べられる。
 私のは二重になっていた。
 みかんの房を前歯で挟んで果肉を引き抜いて食べようとしても、二重になった奥の歯が邪魔して、水分が飛び散り上手く食べられない。
 林檎もきれいにかじる事はできなかった。
 物を食べるささやかな行為と幸せ。それが不可能な歯。
 それは些細な事かもしれない。

 些細でない事もある。

 舌に当たって常時気になる上あごの中に生えた2本の歯。

 そして口を開けて笑うのもコンプレックスで気が引けた。
 
 機能的でない上に醜い。

 審美的には最悪な状況。








 歯は大切だ。

 ピアノより歯が大切。

 ピアノはその次でよかった。
 頼んでない。
 誰も頼んでない。


 そうやって不快な口の中の状態を10年以上は我慢して過ごした。

 前歯4本を抜いて左右の犬歯を削り、それを支えにブリッジにした。

 その治療方法が間違えていた事に気づいたのは数年後の事。
 歯はどんなことがあっても抜いては駄目だと専門書を読んだ。


 成人し引っ越してから、2箇所の歯医者さんに何度か通った。

 いい歯医者さんだったと思う。
 できる限り神経を取らない処置方法だった。
 必要最小限しか削らないし、急いで削らずに様子を見たらどうかと言われた。
 子供の頃受けた治療とは、かなり違っていた。
 
 そんなある日、歯医者さんの近くまで行って足が止まった。
 わざわざ電車に乗ってまで行ったのに、そのまま引き返した。
 上手く表現できないが、何かが断ち切れたような感覚だった。
 あきらめた、気力が無くなってしまった…と言えばいいのか。


 それ以降、医者には通わず、毎日丁寧に歯磨きをして手入れをして、今ある歯をできるだけ長く持たせることにした。







 小学校の歯科検診で、初期の虫歯が見つかると大急ぎで歯医者に駆け込んでいた。

 自分がこんな前歯になったのは、虫歯で乳歯を折った事が起因している。そのため歯に関しては、子供心に非常に神経質になっていた。
 昭和40年代は、初期の虫歯でも大量に削った。
 削って詰め物をした。
 そういう歯はもろい。

 削って詰めた周囲から更に虫歯になる。
 今度は被せないと割れてしまう。
 被せた歯も寿命は短い。

 そんな小学生の時の治療も間違っていたと、大人になって知った。

 徐々に欠けて無くなっていく下の奥歯がそれを証明した。

 結局、成人するまでの間、歯の健康を考えた適切な治療というものを、受けた試しがなかった事になる。


 今まで受けた治療法はいったい何だったんだろう?

 知識の無い歯医者にかかるなら、行かない方が歯が長持ちする。
 『歯医者に行くと歯が無くなる』
 そんな歯医者さんの書いた本も読んだ。



 それでもう歯医者さんにかかるのを止めてしまった。


          尼崎の異常な家庭 №4 間違いだらけの治療 





 尼崎の異常な家庭
 №1 折れた乳歯
 №2 永久歯の異常
 №3 病院を探さない親

 №5 矯正できたかもしれない
 №6 口腔崩壊
 №7 父はギャンブル依存症
 №8 周囲と協調しない母
 №9 一生分のストレス
 №10 他人より遠い親
 №11 棘のある他人
 №12 肩身の狭いドライブ
 №13 偉そうな伯母
 №14 要らない物があふれた家


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