肩身の狭いドライブ~善良な人の残酷

 母の姉妹も、父親の方の兄弟姉妹もそれなりの暮らしをしていた。
 子供が大きくなるにつれて車を買い、一戸建てを購入し、より豊かな生活環境を築いていく。
 うちだけ車が無かった。
 休みの日もどこへも出かけなかった。

 母の妹夫婦が見るに見かねて私と母を旅行に誘った。
 別の妹夫婦の家族とドライブに行った記憶もある。

 母は高速道路の料金所で必ず後部座席から運転する叔父さんへ料金を払おうとする。
 もちろん、受け取ろうとはしないのだけれど。
 料金所に来ると必ずお決まりの様にそのやり取りが繰り返された。

 子供心に母が気を使ってるのはよく分かった。
 
 
 どこか肩身が狭い、そんな思い出。



 陰鬱だった子供時代の事を考えれば、大人になってからの方がはるかに幸せだと思う。
 でも育った環境が自分から消えて行く事は無い。





善良な人の残酷
 大人になって旅行するために免許を取った。
 一年後の夏に旅行しようと盛り上がり、行き先は北海道に決まった。
 飛行機で飛んで、向こうでレンタカーを借りて巡る計画だった。

 友達と旅行の話が出た時は世界が変わるような気がした。
 家族で車で旅行した事なんてなかったから、大人になって自分が運転して旅できるなんて夢のような話だった。
 誰かに連れて行ってもらうのでもなく、肩身も狭くない。

 
 けど実行には移されなかった。
 ひとりは簡単に気が変わってしまった。
 もうひとりは冬にスキー旅行で散財し、貯金をする気も無かった。

 2階に上がったら梯子を外された。そんな状況。



 私は最初から車を購入する気は無かった。
 自転車も要らない駅前のマンションに暮らしているし。
 
 免許だけ取っても仕方なかった。

 5年間の更新だけ繰り返して全く使っていない。
 


 こんな風に社会に出て人との出会いが増えれば増えるほど、のびのび育った普通の家の子との落差を感じた。

 理解してもらえない。

 電車とバスで教習所へ通った日々。
 仮免を取る時期が雪の降る季節にかかった。
 凍えながらバスを待った。
 思い返すと涙が出てきた。
 悔しさは通じない。

 
 当時新しく友達になった女の子たち。
 短大を卒業して社会人になったばかりだった。
 共働きの両親がいて、お母さんは看護師や生命保険外交の仕事をしている。
 お兄さんがいた。ひとりは弟もいた。車があった。
 収入の全ては自分のお小遣い。
 大きな買い物は親任せ。
 自分で何かを得た事はない。

 彼女たちが育ったのは、働き手が得た収入を家族のために使う、それが当たり前の家。
 皆が力を合わせて過ごす家。

 だから深刻なトラブルも無く平穏な日常生活。 

 そんな環境で育ち、それが当たり前の環境にいる女の子。
 自由にのびのび暮らしてきた。奔放に遊んでても何も困らない。

 特に大金持ちってわけではない。平均的な家の子だと思う。
 彼女たちの暮らしてきた環境が普通なのかもしれない。
 だけどあまりに甘く何もかもが通用し、平和過ぎる。

 「お兄ちゃんがお金貸してくれへんねん。」
 「お父ちゃんがお金貸してくれへんねん。」
 「お母ちゃんがお金貸してくれへんねん。」
 

 これが井上の言い訳だった。
 これを聞かされた時、唖然とした。
 あまりに違う、全然違うと心の中ががヒリヒリした。

 スキー旅行を散々繰り返した後、バイトでお金を貯めると言っていたが口先だけだった。習い事をいくつか始めた。
 言ってる事とやってる事が全然違うし。
 全部その場しのぎでいい加減な事言ってきたんだ。
 それを考えるとたまらなかった。
 だったら、教習所に申し込む前に変更してよ!!
 

 自分は何一つ我慢せずにその場しのぎに実行する気もない事をペラペラしゃべって、最後は兄や親に頼る気だったんだ。
 何でも家族にねだって問題を解決してきたんだ。
 自分が何とかする気なんて全然なかったんだ。




 

 結局、夏の予定が立たなかった。


 悔しさ、腹立たしさを正直に手紙で伝えたらそれっきりになった。
 
 


          尼崎の異常な家庭 №12 肩身の狭いドライブ

 


 尼崎の異常な家庭  
 №1 折れた乳歯
 №2 永久歯の異常
 №3 病院を探さない親
 №4 間違いだらけの治療
 №5 矯正できたのに
 №6 口腔崩壊
 №7 父はギャンブル依存症
 №8 周囲と協調しない母
 №9 一生分のストレス
 №10 他人より遠い親
 №11 棘のある他人

 №13 ミシンと埃の家
 №14 要らない物があふれた家

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