同級生が抜け出す街で~ギャンブル依存症の家族

 裕福でなくても、環境の良い場所に住んでいなくても、心穏やかに暮らす事はできる。
 両親の仲が良く、温和な家庭に育った人は幸せだと思う。
 
 母はいつも神経をピリピリさせていた。

 穏やかでほのぼのした家庭に生まれ育ちたかった。

 中学の時のクラブ活動も、自分の入りたかった科学部にしていたら、また全然別の人生があったように思える。
 科学部に入部しても何も変わらなかったかもしれない。
 それでも、あの中学3年間のストレスさえ無ければ、別の人生があったような気がするのだ。





 ギャンブル依存症で収入を尼崎競艇に使う父親。
 揉め事だらけの暮らし。
 破綻していたのを外側だけ取り繕っていた母親。

 精神疾患を抱えた人と暮らし、病んでいく。
 正常な感覚が無くなっていく。



 現実から逃げたかった。
 でも一度夢を見ると現実にはなかなか戻って来れない。


 母には知識が無かった。
 歯の健康の知識が無かったように、幼児の心理や児童の心理にも知識は無かった。






 子供にオーダーメイドの服を着せ、ピアノを習わせ毎年発表会に出し、それが母の生きがいのようでもあった。
 子供の習い事が自分のステータスだった。

 親戚に対抗意識を燃やし、肩を並べようとした。


 周囲には余裕のある家庭のように装っていた。



 正常な感覚を失うと、外側にだけこだわるようになる。





 
 当時、学校でピアノを習っている子はクラスに一人、いるかいないかで少なかった。

 中学生の時、同学年にクラシックバレエを習っている子がいた。
 バレエなんて習う人は、もっと珍しかった。
 たぶん学校で彼女一人だけだったんじゃないだろうか。
 そのせいかどうか、その女の子はいじめられてた。
 高校は地元の公立校ではなく、私立へと進学して行った。

 小学生の間に転校する子もいた。
 中学から私立を選ぶ子もいた。
 越境入学し別の区域の学校へ通う子もいた。
 中学進学を機に引っ越す人もいた。
 もっと北の環境のいい地域や他の市へ引っ越していくのだ。

 尼崎の中でも南の地域だった。
 工場地帯や幹線道路に挟まれている。
 近くに工場廃液で真っ黒になって動かない泥の川もあった。

 だから北の阪急沿線や豊中、西宮、宝塚などの市へ住居ごと移っていくのだ。子供をいい環境に住まわせるため。
 自分たちの暮らしのため。将来のために。
 
 

 私たちが住んでいたのはそんな地域だ。

 住んでいる地域に溶け込んだ暮らしをすればいい。
 舞い上がってステータスを追い求めるから狂う。

 普通は地域に溶け込んだ生活をするものだ。
 その方が自然だ。
 誰でも無理のない生活をする。
 普通はそうする。



 


 裕福でなくても、環境の良い場所に住んでいなくても、心豊かに暮らす事はできる。
 両親の仲が良く、温和な家庭に育った人は幸せだと思う。
 
 





 クラシック音楽などまるで興味のない両親。
 家の中でも学校でも、誰ひとり共通の話題を持てなかった。


 余裕があって習い事をする子供、その家庭。
 自分の育った環境とは異質な所にいる。
 だから大人になって合わせようとしても無理が生じる。
 
   №12 肩身の狭いドライブ参照。

 理解してもらうには説明しなければいけないのだ。

 
 
 


 尼崎の異常な家庭
 №7 父はギャンブル依存症
 №8 周囲と協調しない母
 №9 一生分のストレス
 №10 他人より遠い親
 №11 棘のある他人

 №13 ミシンと埃の家
 №14 要らない物があふれた家



 有害な環境~希望がない家


 とにかく全てに口を挟んできた。
 私が20歳近くになっても仲良くなった友達の母親に電話した。
 母親同士が喋って彼女が前年、大学受験に失敗していたのが判ってしまった。彼女自身は言葉を濁すというか、隠していたのに。
 更に私も彼女も長年ピアノを習っていたのだが、それもお互い知らなかった。二人とも違う理由で黙っていたというか、あえて話すのを避けてたと思うが、親同士の勝手な会話で知る事になった。
 隠し事がバレたような変なタイミングだった。
 気まずい空気になったとまではいかないけど。
 まだ知り合って間もない友達だったから、微妙な気がした。
 
 母親は単に自慢するために話すのだ。

 他人の領域に上がりこんでいるのが分からない。
 人の細かい感情の機微が母親には理解できない。
 自分だけの所有物だと思っている。


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