病院の見える風景~不条理な子供時代

 自助グループの仲間から春にカウンセリングを勧められました。
 最初3回通ったところは止めて、今はまた別の場所へ行ってます。
 月1回だから楽です。
 地下鉄を降り地上へ出ると、道路の向かいに見えるのが

 大阪歯科大学付属病院

 でした…。

 最初、カウンセリングに来た時、雨が降っていて、そこで信号待ちをしていました。
 病院の名前のロゴが壁に大きく見え、ああ、ここだったのかと思いました。
 傘をさしながら、ただ眺めていました。
 子供時代にこういう所へ通院できていたら…。
 そんな叶うはずもない事を考えながら。




 大病院は歴史が古いから、昔からあったはず。

 私の幼少時にも存在はしてたと思う。

 歯の治療を始め、子供時代を思い出し、家庭環境に気づいた。

 設備の整った歯科医院を探し、病院の情報を検索した。

 そして大阪歯科大学附属病院についても調べていた。


 小さいころ検査を受けに来れてたら。

 乳歯が折れた時点で必要だった正しい治療。

 正しい知識を持った医師や病院が必要だった。

 私に必要だったのは歯の治療だ。





 市役所勤めの父親は、競艇場通いが止められないギャンブル依存症だった。
 母親は洋裁の技術があり、職人気質で頑固な人だった。
 依存症の配偶者は共依存だ。
 娘の私に対し、過干渉で教育熱心だった。

 公立の幼稚園は小学校の校庭に併設されて近かったが、そこへは行かず、私を私立の幼稚園へ通わせる。

 母は先生に贈り物をして、私がお遊戯会の合唱で指揮者になるよう取り計らう。

 その時すでに乳歯は折れて前歯が無かった


 父の親族に対抗意識を持ち、従姉が習うピアノを私にも習わせる。
 一緒にレッスンに通い、月謝が高いと文句を言い、また別の音楽大学出身の先生を探す。
 
 探すものを間違えている。

 永久歯が異常な位置に生え始めたのと同じ頃、母はピアノのレッスンをうるさく言うようになる。
 それは10歳年上の従姉が、音楽大学へ入学した時期でもある。
 
 必要なものを与えず、身の丈に合わないものを押し付けた。
 私の親はそういう人なのだ。
 現実感の欠如ほど恐ろしいものは無い。




尼崎の異常な家庭
 №1 折れた乳歯
 №2 永久歯の異常
 №3 病院を探さない親
 №4 間違いだらけの治療
 №5 矯正できたのに
 №6 口腔崩壊

 社会の歪と機能不全家庭

 自助グループに通っています

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