Kanataのお部屋へようこそ

アクセスカウンタ

zoom RSS 嘘が平気な子供〜中流家庭の闇

<<   作成日時 : 2012/01/04 12:16   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

 生徒が上級のグレードテストを受けた。
 結果を待ち続ける私に返ってきたのは「嘘ついてました。」のひとことだった。
 当日遅刻して失格になっていたのだ。
 その日のうちに連絡するならともかく、一ヶ月も経ってから、ようやく本当の事を知らせてきた。

 母親も何も言ってこなかった。
 携帯電話を持っていても、事実を知ってその場ですぐに連絡をしてこなかった。

 受験すらしてなかったなんて。



 上級のグレードテストは、都市部でほぼ毎月行われている。
 各楽器店を通さないから、申し込み手続きは生徒個人の作業。
 だから先生はノータッチ。
 反面、その都度生徒からの情報無しには、物事は進まない。
 合否の通知も生徒の家へ直接届く。
 情報が入らないと先生は立ち往生して身動き取れない。
 
 専門職の私の大切な領域。

 この親子は素人判断で勝手に全部決め込んで。
 専門職の他人の領域だという事が分かっていない。
 自分で自分の足を引っ張ってる事に気づかない。

 わざわざ月謝を払って仕事を依頼しておいて、妨害する。
 そんな大人の生徒はどこにもいない。
 嫌ならとうに辞めてる。

 どうでもいいクレームだけは素早く付けてくる。
 小銭にだけは抜かりがない母親。
 油断もスキもない。

 

 待っても意味のなかった一ヶ月。


 この時の一件が、この親子の悪行の集大成。
 二人の本質の全て。
 クレームの電話は素早く、肝心な報告は入れない。
 大切な情報は止めてしまう。
 それで習いに来て、合格に向けて指導しろと要求する。
 自分たちには欠点なんてありませんみたいに澄ましてて、絶対に本音を言わない。本心を見せない。
 人を閉め出して指図だけする。
  
 指図と文句をつけてくるだけで、自分たち二人で勝手に決めて、それで将来合格すると思い込んでる。
 自分に甘く 他人に厳しく 
 それでも通用してきたんだよね。
 
        「粉砕された12年」「お高くとまった二人」より





                
「上昇志向の果て」 
 これをさかのぼる2年前、2004年の秋に生徒が教室に財布を置き忘れる出来事があった。
 高校3年の時だ。

 レッスンが終わって帰宅し、玄関の扉を開けると電話が鳴っていた。
 受話器を取るのが間に合わず切れてしまった。
 着信データを見ると、未登録の携帯電話からだった。

 その後、十数分はたったか再びベルが鳴った。
 財布を教室に置き忘れたという母親から連絡だった。
 すでに自宅へ戻り、固定電話からの通話だった。
 教室と私の家は徒歩10分ほどの距離。
 仕方ないから「明日の朝見に行きますから。」と通話を終えた。
 


 母親にとって、もちろん生徒にとっても緊急の用件ってこと。
 もちろん財布は大切だから。

 大切だから、電話した。連絡を入れた。
 自分たちにとって大切なことだけ連絡を入れる。
 相手が情報を必要としてても、自分が億劫に感じたら、連絡しない。

 それがこの親子のやり方。
 人を使いに走らせる時は、何の遠慮も無く、ためらいも無く、しっかりコンタクトを取ってくる。
 一度掛けて不在でも、あきらめずに再度掛けなおす。
 クレームの電話も早くかかってきたけど、この時が一番早かったね。
 超速攻。
 あの未登録の着信は帰宅途中に携帯からかけてきたものだった。



 サイフは現物だから、急いだら発見して取り戻せる。
 でもテストが失格になったことは、どうにもできないアクシデント。
 納めた受験料は返ってこないし、知らせるのを急いでも意味が無い。
 この母親にとって一番大切なのは、そういう現物。
 他人の気持ちは優先順位の一番最後。
 これがこの母親の教育方針。
 小さい時から子供に繰り返し刷り込んできた。

 そして見事にそういう男の子に仕上がった。
  





「統一されない素顔」 
 この母親の行為にはつながりがない。

 それぞれが独立した存在で、バラバラに成り立っている。
 確かにひとつひとつを取り上げると正当な理由が有り、間違えてはいない。
 しかし、全体を通してみると理由と動機には統一性がない。
 全て自分にとって都合のいいものになってるだけ。




 音楽教室で音楽を習うのは、身に付ければ子供達の将来にも役立つし、人生に彩を添える文化や芸術だから。
 経済的余裕があり、発表会は特に楽しみにしている。
 

 テキストにお金をかけずにできるだけ節約したい。無駄だと思う。また先生に御礼をしたり季節の挨拶をするのは非合理的な習慣だから省略する。
 家計に響くのでプレゼントなどしない。元々不必要な文化。



 息子が高校生大学生になっても、レッスン内容に自分の意向を反映させるのは親として当然のこと。
 経済的には親がかりだし、使うテキストや方針に口を挟むのは当たり前のこと。
 

 息子が先生に非礼な態度を取っても、親が出て行って謝る必要はない。子供は子供。親は親。それに息子は大人の年齢。
 責任は息子に有るので親は関係ない。




 このように、ひとつひとつは正しい。
 その場その場で都合良く、相反する考え方の間を行ったり来たりしているのだが、それに気付かれなければ、誰にも非難はされない。
 そうやって物事を通してきた。

 子供の不祥事に頭を下げないのは、プライドが高いから。自分のプライドが傷付くのは嫌。だからその時は私には関係ありませんという顔をしておく。

 けれどレッスン方針について話し合う場面では、自分の意見を前面に出して息子を押さえつける。





 それぞれを独立した事象として成り立たせているから、当然一貫したポリシーと言えるようなものは無い。

 あるとすれば、人間として卑怯になって、得をして生きていけ。
 そういうこと。
 それが子供に示す手本。




 両極に有るこの二つの考え生き方と、子供は折り合いをつけてやってきた。
 要領よくその場その場を凌いで。

 反抗できないし、反論できない。
 なぜなら母親はいつも必ず正しい意見を言ってるように映る。

 根底に有るはずの価値観そのものを変えてるだけであって、全体の整合性は無いのだけれど。


 なのでそこからは、アイデンティティー(自己同一性)を確立させるような力強い自分というものは育てられない。

 親が自分中心の動機付けで全ての事象を通しているから、筋道の通った価値観を育めない。






ノンフィクション
『エリート志向の闇〜平気で嘘をつく子供』の紹介記事でした。

 タイトル一覧
 あらすじ 

 全記事のタイトルは右サイドバーのテーマ<独裁者>
 または<嘘>をクリックして下さい。
 前半と後半に分かれて記事が順に並びます。



にほんブログ村 テレビブログ テレビドラマへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。今、子供に必要なのは、周囲の劣悪な教育者からも自立し自律し、群れに迎合することなく生きていくことでしょう。そういう力をつけていけるかどうかでしょう。「学校なんていらない」というブログを書いているのでぜひごらんになってください。http://plaza.rakuten.co.jp/nennenosshan/
ちゃりこ父
URL
2013/09/25 08:25

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
新ドラマQ  ドラマハンティングp2g
嘘が平気な子供〜中流家庭の闇 Kanataのお部屋へようこそ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる