ろくなもんじゃねェ!!

 君は平然としてたよ。あの一ヶ月の間。
 合否の結果が届くまでは待機状態。比較的自由にレッスン時間を過ごしていい。普段はしないことを伸びやかにできる。小休止期間だからね。
 君はバンドの先輩から着信があったと部屋を出て携帯で話したり、自分の好きな曲を弾いたり、おしゃべりしたり…。
 「嘘ついてました。」その言葉も平然と言ってのけた。



    *     *     *     *     *     *


 2006年の秋、生徒は初めて上級グレード試験を受けた。
 結果を待ってる間の毎日は気が気でなかった。 

 上級のグレードテストは、都市部でほぼ毎月行われている。各楽器店を通さないから、申し込み手続きは生徒個人の作業になる。
 生徒が動いて報告を受けて,次の手順へアドバイスして進んでいく。だから先生はノータッチ。それは有り難い。お金立て替えなくて済むから。
 反面、その都度生徒からの情報無しには、物事は進まない。

 合否の通知も生徒の家へ直接届く。
 
 テスト当日の雰囲気も様子も、君からは何も伝わってこないので、どうしようもなく私は母親に電話した。
 不合格だった場合、項目別の採点結果を見ないと、次にどうするかを判断できない。それが無いと手も足も出ない。
 保管して教室まで持ってきてもらわないと…。

 当日、数分遅れで失格になってた事を、私が知ったのはそれから10日もたってのこと。
 「嘘ついてました。」生徒はそう言った。

 いつものレッスンの曜日, 教室に入ってすぐ、気になるテスト合否連絡の話題を出すと、さらっと返事が返ってきた。
 母親に打ち明けたのは前の週のレッスンが終わった後だと言う。
 教室を出て母親の待つ車に乗り込んで、これ以上隠していられない、そう思って告げたらしい。



 遅刻したのは仕方が無い。
 遅れそうだと思ったら試験会場に電話すればいい。
 または母親か私の所へ電話してみたら何とかなった。
 この時もう20歳になっていた。だからそれくらいの知恵はある。 
 ただ差し迫った状態ではなかった。
 この生徒にとって。
 元々必要としていないもの、気の引けるもの、気が進まないものだったので、対処することなくやり過ごしてしまった。
 そういうことだった。



ズルい女と変な息子
 母親からもフォローは一切無かった。
 
 私が気にかけてることは充分過ぎるぐらい分かってたはず。
 でも嫌なんだよね。子供のミステイクを謝ったりするのが。
 自分が嫌なら息子に連絡させたらいい。携帯でも自宅電話でも、そんなことすぐにできる。でもしない。そのまま知らないふり。 
 私より一週間も前に事実を知ってて、放置しただけ。
  

 無駄に結果を待つだけですでに一ヶ月も経過していた。
 先生として私が一番真っ先に知るべき情報。
 それが一番あとの、一番後回し。

 わざわざ月謝を払って仕事を依頼しておいて、妨害する。
 自分で自分の足を引っ張る生徒なんていない。

 小、中学生ならともかく、そんな大人の生徒はどこにもいない。
 嫌ならとうに辞めてる。
 ここまで世界観が歪んでたなんてね。

 君にとって、母親にどう思われるかが最重要事項。
 その大きな存在の前では、影すら認識されない。

 存在意義すら感じてもらえない。

 自分の存在する意味が無いと思った。

 先生としての存在を否定されたら終わり。無意味。

 何のために12年も関わってきたのか。
 あの瞬間全てが終わった。    
 

                      「粉砕された12年」







ノンフィクション
『エリート志向の闇~平気で嘘をつく子供』

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