欠けていく情緒

 情緒や趣と言った文化は、日々の暮らしの中で子供に刷り込まれていく。
 成長する過程で他人への感謝の仕方や、お世話になった人への対処の仕方を学んでいく。
 暮らしの中で親から子供へ受け継がれていくもの。

 先生に贈る品を一緒に選んだり、またはそれに付き合ったりして、親が体現する気持ちというものを、子供は引き継いでいくんだと思うよ。
 
 相手に似合うだろうハンカチや髪飾りや扇子を選んでいる母親の姿を見て育つ子と、そうじゃない子とでは、やっぱり何か違う精神世界みたいなものが出来上がっていくんじゃないだろうか。

 親が粗雑に扱う相手を子供が尊敬するはず無いよ。
 その相手から何を学んで何を教わる?

 ブルドーザーのような荒っぽさと、いいかげんで粗末な扱い。
 こちらが取り付く島の無い素っ気無さ。
 音楽なんてその人の本質だけが勝負。誤魔化せない。
 子供に全部引き継がれてる。
 息子は母親とは別の世界を築いて、それなりのプライドを持って大学での生活を送ってたと思う。
 だけど育った土壌があまりにも殺伐としていた。
 得たのは技術と、自分だけが楽しむ世界。

 自分だけが楽しむ。それがこの母親の真骨頂。
 






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『怪 物 親』のあらすじ
 私kanataは音楽教室の先生をしています。
 13年教えた一人の生徒とその母親について、メッセージ形式でブログを公開してきました。子供を愛し拘束し徹底管理して育てる母親と、自立の芽を摘まれまいと子供なりに自己防衛しながら大きくなる息子。

 高額な楽器を購入し、一戸建てに引越し、車で送り迎えを続ける母親。
 一見、教育熱心で子供のやりたい事を応援しているかのように見えるが、そうではない。息子も一応反抗はするものの、結果的にはいつも自分の希望を抑え、母親の方針に合わせる。

 父親は名前の知れた企業に勤め、収入は多いはず。
 母親は次々と楽器、家、車、子供達の教育資金にと、(これは私の推測だが)支出の上限ギリギリまでローンを組んでいく。
 レッスンは月謝さえ納めたらそれで済むわけではない。楽譜がその都度要る。しかしなかなか購入しない。発表会参加は母親は熱心で積極的だが、会費の支払いには消極的だ。

 クレームは遠慮なく迅速につけるが、自分達に非があった時は知らない振りをする。常に楽器店のお客様の立場として、自分が嫌だと感じる事、面倒な事は避けて通って来た。

 結果、男の子は他人の心情に鈍く、母親の機嫌を伺い、それを中心に物事を考えて行動するいびつな青年になってしまった。
 自分にとって何が得な生き方か、その小さく狭い世界観。
 母親の顔色を伺ってばかりでそれが見に染み付いた男の子。 

 教える立場の私としては、遠方から通いレッスンを続けられる生徒さんに感謝し、多少の事は仕方ないとやり過ごしてきた。
 しかしそれらは全て無意味であったと分かる出来事が起こる。
 言葉とは裏腹に、グレードテストに全く意欲の無い息子。
 受験していなかった事すら一ヶ月間も放置して、平然としていた。



 嘘をついても平気。母親も問題視しない。



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